画像引用元: upload.wikimedia.org植草圭之助
推定知名度0.94%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
植草 圭之助(うえくさ けいのすけ、1910年3月5日 - 1993年12月19日)は、日本の脚本家、小説家。本名は植草銈之助。東京府生まれ。同年生まれの黒澤明とは文京区の黒田小学校(後の文京区立第五中学校)時代からの旧友。京華商業高等学校中退。エキストラなどを経て、黒澤作品『素晴らしき日曜日』、『酔いどれ天使』の脚本を手がける。黒澤とはロシア文学等の良き話し相手だったが、1977年、『文藝春秋』のグラビア記事「同級生交歓」で再会したのを最後に絶交した。植草が「本木荘二郎のことを書く」と言ったのに対し、黒澤が「やめてほしい」「欲しい映像を得るためならば、一人や二人の犠牲はやむをえない」「西部劇のインディアンは滅びの民だ、同情もしなければ支援もしない」などと発言したのが原因である、と植草は述べている。1973年には『冬の花 悠子』で直木三十五賞|直木賞候補となった。映画脚本や小説以外の著書に『わが青春の黒沢明』がある(文藝春秋、のち文春文庫に収録)。なお、従兄に音楽・映画評論で著名だった植草甚一がいる。
過去の推移
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0.8309
1.1210
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0.9812
0.9813
0.9314
0.9315
0.9416
