三代目 市川團之助(さんだいめ いちかわ だんのすけ、天明6年〈1786年〉 - 文化14年11月2日〈1817年12月9日〉)とは、江戸時代の歌舞伎役者。屋号は三河屋、俳名は三紅。四代目市川團蔵の次男。当時大坂にいた父團蔵のもとで、5歳のとき市川團子と名乗って初舞台を踏む。その後竹田芝居で役者としての修業を積んだ。寛政12年(1800年)、市川團之助を襲名。文化3年(1806年)江戸に下り市村座の顔見世に出演、『女暫』を演じて大当りを取る。以後死ぬまで江戸の地を離れることはなかった。しかし團之助はその数年後梅毒に罹り、せりふが観客に聞こえにくくなるなどの......
三代目 市川團之助(さんだいめ いちかわ だんのすけ、天明6年〈1786年〉 - 文化14年11月2日〈1817年12月9日〉)とは、江戸時代の歌舞伎役者。屋号は三河屋、俳名は三紅。四代目市川團蔵の次男。当時大坂にいた父團蔵のもとで、5歳のとき市川團子と名乗って初舞台を踏む。その後竹田芝居で役者としての修業を積んだ。寛政12年(1800年)、市川團之助を襲名。文化3年(1806年......