龍造寺四天王(りゅうぞうじしてんのう)は、肥前国の戦国大名・龍造寺隆信の配下の武将で、武勇に優れていた4人を顕彰した呼称。史料上では「隆信(公)四天王」ともいう。龍造寺氏について記された複数の史料で確認する事ができ、特に龍造寺氏の支配権・家臣団をほぼそのまま引き継いだ佐賀藩の公人の手による記録にも名が現れる事から、18世紀初頭ころには既に定着していたものと考えられる。成員については「四天王」の名の通り四名の武将の名が挙げられているが、資料によって多少の異動があり、「四天王として挙げられている武将」は計5名が確認できる。なお類似のものに「四本槍」あるいは「四......
龍造寺四天王(りゅうぞうじしてんのう)は、肥前国の戦国大名・龍造寺隆信の配下の武将で、武勇に優れていた4人を顕彰した呼称。史料上では「隆信(公)四天王」ともいう。龍造寺氏について記された複数の史料で確認する事ができ、特に龍造寺氏の支配権・家臣団をほぼそのまま引き継いだ佐賀藩の公人の手による記録にも名が現れる事から、18世紀初頭ころには既に定着していたものと考えられる。成員について......