青木 正重(あおき まさしげ)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将。母方の伯父である青木一重の養子となり、一重の所領である伊予国周布郡の代官を務めた。慶長19年(1614年)、従五位下駿河守に叙任する。同年の大坂冬の陣にも養父に従い参加した。翌慶長20年(1615年)の大坂夏の陣では、青木軍の指揮を執った。しかし、戦後に一重が徳川家に赦免され、初代麻田藩主となると、正重は大坂方として最後まで戦った経歴もあってか廃嫡され、代わって従弟にあたる重兼が養子に迎えられ嫡子となった。廃嫡後は剃髪して小寺道伯を名乗り、摂津国の牧庄に隠棲したが、寛永年間には小......
青木 正重(あおき まさしげ)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将。母方の伯父である青木一重の養子となり、一重の所領である伊予国周布郡の代官を務めた。慶長19年(1614年)、従五位下駿河守に叙任する。同年の大坂冬の陣にも養父に従い参加した。翌慶長20年(1615年)の大坂夏の陣では、青木軍の指揮を執った。しかし、戦後に一重が徳川家に赦免され、初代麻田藩主となると、正重......