陳 士杰(ちん しけつ、''Chen Shijie''、1824年 - 1892年)、字は俊丞は清末の官僚。湖南省桂陽県出身。1849年に抜貢となり、戸部に出仕する。父の死で郷里に帰ったところ、太平天国の乱に呼応して土匪が蜂起したため、団練を率いてこれを平定した。その後、衡州で湘軍に入り、太平天国軍の西征の際には曽国藩の危急を救っている。1855年、永桂・桂陽の土匪が蜂起したと聞き、郷里に戻り団練の組織に専念した。郴州が陥落すると軍を率いて奪回し、団練の組織を改め広武軍と称した。広武軍は郴州・永桂・桂陽周辺の防衛にあたり、太平天国を離脱した石達開が攻め込ん......
陳 士杰(ちん しけつ、''Chen Shijie''、1824年 - 1892年)、字は俊丞は清末の官僚。湖南省桂陽県出身。1849年に抜貢となり、戸部に出仕する。父の死で郷里に帰ったところ、太平天国の乱に呼応して土匪が蜂起したため、団練を率いてこれを平定した。その後、衡州で湘軍に入り、太平天国軍の西征の際には曽国藩の危急を救っている。1855年、永桂・桂陽の土匪が蜂起したと聞......