長尾 景秀(ながお かげひで、生年不詳 - 天正11年(1583年))は総社長尾家の一族。越後上杉氏家臣。父は長尾景総。一説に直江信綱の父ともいわれる。通称は平太。上杉景勝に従い、反乱を起こした新発田重家の居城新発田城を攻めた際に討ち死に。総社長尾家は断絶した(「総社長尾系図」)とされるが、黒田基樹は上杉家の史料より、長尾景総の嫡男(景秀の兄弟か)と推定される「長尾右門」、勝田氏からの養子とみられる「(2代目の)長尾右門」(天正18年没)、その息子である「(2代目の)長尾平太」(いずれも実名不詳)が総社長尾家の家督が継承され、慶長元年(1596年)の(2代......
長尾 景秀(ながお かげひで、生年不詳 - 天正11年(1583年))は総社長尾家の一族。越後上杉氏家臣。父は長尾景総。一説に直江信綱の父ともいわれる。通称は平太。上杉景勝に従い、反乱を起こした新発田重家の居城新発田城を攻めた際に討ち死に。総社長尾家は断絶した(「総社長尾系図」)とされるが、黒田基樹は上杉家の史料より、長尾景総の嫡男(景秀の兄弟か)と推定される「長尾右門」、勝田氏......