赧王の画像画像引用元: upload.wikimedia.org

赧王

推定知名度0.91%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

赧王(たんおう)は、周朝の第37代の王。慎靚王の子。在位期間は59年であり、周朝における最長在位の君主であった。在位中は周王室の影響力はわずかに王畿(現在の洛陽附近)に限定されるようになっていた。周王室も温の桓公揭(貞定王の末子)が始祖とする西周君(武公)と東周君(君傑)の勢力に分裂しており、赧王は西周の武公を頼って西周(河南)に遷都した。祖父の顕王の時代より秦の勢力が急速に拡大しており、諸々の政策でも周の勢力挽回は成功しなかった。紀元前256年、秦の将軍摎の攻撃を受けて、西周君がその領土を秦に献上した。このため赧王は秦の保護下に入り、まもなく崩御した。秦は九鼎を移し、王畿を占拠することで周は滅亡することとなった。子孫の有無は不詳。なお、諡号の「赧」は、「顔を赤らめて恥じ入る」という意味である。Category:周の王Category:紀元前256年没

過去の推移