観世 重賢(かんぜ しげかた、万治元年(1658年) - 延享3年4月23日(1746年6月11日))は、江戸時代の猿楽師。12世観世大夫。通称は初め三郎次郎、大夫就任と同時に左門を名乗る。隠居してのちは服部十郎左衛門、さらに出家して服部周雪と改めた。宝生家からの養子として観世大夫を嗣ぐが、29歳の若さでその地位を去る。以後は前大夫として尊重を受けつつ京・江戸で隠居暮らしを送り、89歳の長命を保った。
観世 重賢(かんぜ しげかた、万治元年(1658年) - 延享3年4月23日(1746年6月11日))は、江戸時代の猿楽師。12世観世大夫。通称は初め三郎次郎、大夫就任と同時に左門を名乗る。隠居してのちは服部十郎左衛門、さらに出家して服部周雪と改めた。宝生家からの養子として観世大夫を嗣ぐが、29歳の若さでその地位を去る。以後は前大夫として尊重を受けつつ京・江戸で隠居暮らしを送り、......