藤原 清河(ふじわら の きよかわ、生年不詳 - 宝亀9年(778年))は奈良時代の貴族。藤原北家の祖である参議・藤原房前の四男。母は片野朝臣の女。唐名は河清。官位は従三位・参議、贈従一位。遣唐大使として入唐し、阿倍仲麻呂と唐朝に仕えたが、暴風や安史の乱により日本への帰国は叶わず、在唐のまま死去した。
藤原 清河(ふじわら の きよかわ、生年不詳 - 宝亀9年(778年))は奈良時代の貴族。藤原北家の祖である参議・藤原房前の四男。母は片野朝臣の女。唐名は河清。官位は従三位・参議、贈従一位。遣唐大使として入唐し、阿倍仲麻呂と唐朝に仕えたが、暴風や安史の乱により日本への帰国は叶わず、在唐のまま死去した。