画像引用元: upload.wikimedia.org董重
推定知名度0.44%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
董 重(とう ちょう、? - 189年5月)は、中国後漢末期の武将。字は子高。霊帝の生母である永楽太后(董太后)の甥。冀州河間郡の出身。霊帝の母方の従兄弟にあたるため、衛尉に任命され脩侯(條侯)に封じられた。また188年9月(8月の説もある)、驃騎大将軍に任じられた。叔母と共に十常侍の張譲と手を組んで、同じ外戚であった何進や何太后と権勢をめぐって対立した。しかし、189年5月に先手を打った何進の軍勢によって、董重の邸宅は取り囲まれてしまった。董重は捕縛された後に罷免され、自決した。叔母の永楽太后は何進によって、「蕃后(王侯夫人)は京師(洛陽)に留るを得ず」という王莽の時の故事を持ち出され失脚し、董重が死ぬと憂い怖れて急死した。遺体は故郷の河間に帰り、夫と合葬された。
過去の推移
–06
–07
0.3808
0.5509
0.5210
0.5211
0.4412
0.4413
0.4414
0.4415
0.4416
