茂原 英雄(しげはら ひでお、1905年 - 1967年12月8日)は、日本の撮影技師、編集技師、録音技師、実業家である。松竹蒲田撮影所時代の小津安二郎と組んだ技師であり、「茂原式トーキー」とも呼ばれるSMSシステム(スーパー・モハラ・サウンド・システム)の考案者である。茂原研究所代表取締役社長、ラジオ映画監査役を歴任。姓の茂原を「モハラ」と呼ぶのはニックネームである。
茂原 英雄(しげはら ひでお、1905年 - 1967年12月8日)は、日本の撮影技師、編集技師、録音技師、実業家である。松竹蒲田撮影所時代の小津安二郎と組んだ技師であり、「茂原式トーキー」とも呼ばれるSMSシステム(スーパー・モハラ・サウンド・システム)の考案者である。茂原研究所代表取締役社長、ラジオ映画監査役を歴任。姓の茂原を「モハラ」と呼ぶのはニックネームである。