秋月院(しゅうげついん、? - 明治21年(1888年)5月5日)は、江戸幕府の12代将軍・徳川家慶の側室。俗名は津由、または露。名は泰露子。11代将軍・徳川家斉の側室で家慶の生母である香琳院や、家慶の側室である清涼院と親類であるとされ、その縁で大奥に入る。嘉永2年(1849年)に十三男・斉信院を出産するが夭折した。明治21年(1888年)5月5日、死去した。
秋月院(しゅうげついん、? - 明治21年(1888年)5月5日)は、江戸幕府の12代将軍・徳川家慶の側室。俗名は津由、または露。名は泰露子。11代将軍・徳川家斉の側室で家慶の生母である香琳院や、家慶の側室である清涼院と親類であるとされ、その縁で大奥に入る。嘉永2年(1849年)に十三男・斉信院を出産するが夭折した。明治21年(1888年)5月5日、死去した。