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福田理軒

推定知名度18.3%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

福田 理軒(ふくだ りけん、通称:理八郎、主計介とも、初期の名前は本橋 惟義、1815年(文化12年)5月 - 1889年(明治22年)8月17日)は、大坂出身の江戸時代末期から明治時代にかけての数学者。子供は数学者の福田治軒(福田半とも)で、弟子には岩田清庸、松見文平らがいる。丸山健夫の『筆算をひろめた男 幕末明治の算数物語』と言う本に生涯が描かれており、題名通り「日本に筆算を広めた人物」として知られる他、1834年には兄の復と共に大坂の和算塾であった順天堂塾(現:順天中学校・高等学校)の創立者としても知られる。また、主な作品にに1857年に日本で最初に西洋の数学について紹介した『西算速知』や、1879年には日本で最初に数学史の本としてまとめ上げた書物『算法玉手箱』、日本初の解析幾何学書である『代微積拾級訳解』がある。名は泉とも名乗り、号は理軒、順天堂で、兄は理軒と同じく数学者の福田復(福田金塘とも)。主に測量や天文などの技術を弟子に教えた。1877年には日本初の学会である東京数学会社の設立に参加した。

過去の推移