画像引用元: sengokuzidai.up.seesaa.net益子勝宗
推定知名度0.12%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
益子 勝宗(ましこ かつむね、生没年不詳)は、戦国時代の武将。宇都宮氏の家臣。下野国芳賀郡益子城主。本姓は紀氏。受領名は宮内大輔。益子氏は下野において芳賀氏を棟梁とする清党と並ぶ紀氏の一党つまり紀党の棟梁。代々、清・紀両党が宇都宮氏の武力の大きな柱であった。この時期の益子氏の系譜は大変混乱しており、下野国誌の系譜と益子系図の系譜の2種類が存在する。下野国誌の系譜だと宇都宮氏の柱石として活躍した芳賀高定の名が見えるが、益子系図にはない。しかし、下野国誌の系譜だと勝家父子を討ちとった年には勝宗は既に没しているなど系譜を特定するには困難を窮めている。父は益子勝清または益子正光。兄に益子勝家がいる。子に益子安宗、芳賀高定、七井勝忠など。正式な名乗りは紀勝宗(きのかつむね)。入道して顕虎を名乗っている。苛烈な性格であったという。野心家で戦上手な武将だといわれており、対宇都宮氏で鬼神の如く活躍した水谷政村も勝宗に対しては一目置いていたという。
過去の推移
0.0906
0.1507
0.1408
0.1309
0.1310
0.1311
0.1112
0.1113
0.1214
0.1215
0.1216
