生田 箕山(いくた きざん、1815年(文化12年) - 1871年(明治4年))は、幕末の長州藩士。1815年(文化12年)、周防国熊毛郡平生町(現 山口県平生町)の真覚寺に生まれる。父は真覚寺住職の専明。通称を元二郎、元助、師之進、字を神助といい、名は頼明といった。箕山はその号で時中軒とも号した。子は長男生田春正、次男生田良佐のほか、女3人。箕山は出家を好まず、父専明の許しを得て学問に志し、筑前の古学派の大儒亀井南冥に12年間師事した。1825年(文政8年)、毛利隠岐の家臣である生田三郎頼信家を相続・再興。1833年(天保4年)藩校弘道館の学頭となり、......
生田 箕山(いくた きざん、1815年(文化12年) - 1871年(明治4年))は、幕末の長州藩士。1815年(文化12年)、周防国熊毛郡平生町(現 山口県平生町)の真覚寺に生まれる。父は真覚寺住職の専明。通称を元二郎、元助、師之進、字を神助といい、名は頼明といった。箕山はその号で時中軒とも号した。子は長男生田春正、次男生田良佐のほか、女3人。箕山は出家を好まず、父専明の許しを......