王 積薪(おう せきしん、生没年不詳)は中国唐代中期の囲碁の名手で、国手と呼ばれた。「囲碁十訣」の作者、及び鎮神頭(一子二解征)の手筋の発見者とも言われる。唐の玄宗皇帝の頃に農家に生まれる。早くに父母を亡くしたために山に入って柴刈りで働いたが、当時山中に多くの仏教寺院があり、ここで僧侶達が碁を楽しんでいたのを見て碁を覚え、やがて僧侶達も上回る腕前になる。その後旅に出て腕を磨き、これが長安に伝わって、玄宗に招かれて、棋待詔(碁によって仕える待詔)として仕えた。外出時は常に竹筒に入れた紙製の碁盤と碁石を携えて、人々と対局したという。ある時金谷園で馬汪と対局して......
王 積薪(おう せきしん、生没年不詳)は中国唐代中期の囲碁の名手で、国手と呼ばれた。「囲碁十訣」の作者、及び鎮神頭(一子二解征)の手筋の発見者とも言われる。唐の玄宗皇帝の頃に農家に生まれる。早くに父母を亡くしたために山に入って柴刈りで働いたが、当時山中に多くの仏教寺院があり、ここで僧侶達が碁を楽しんでいたのを見て碁を覚え、やがて僧侶達も上回る腕前になる。その後旅に出て腕を磨き、こ......