画像引用元: www.ixawiki.com温井景隆
推定知名度0.55%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
温井 景隆(ぬくい かげたか)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。能登畠山氏の家臣。温井氏は能登国の国人。姓氏は藤原氏。現在の輪島を領していた。弘治元年(1555年)、祖父・温井総貞が主君・畠山義綱によって討たれると、温井一族は反乱を起こすが敗れて加賀国へ逃亡した。永禄9年(1566年)、義綱とその父・義続が重臣らによって追放されると帰参し、年寄衆に列して再び重臣となる。天正5年(1577年)、上杉謙信の大軍に七尾城を囲まれると、続光と協力して親織田派の長続連らを殺害し、謙信に内応した。しかし謙信の死後、織田軍の侵攻に遭って能登を追われる。天正10年(1582年)、本能寺の変により織田信長が没すると、復権を目指して上杉景勝の支援のもと能登へ侵攻したが、佐久間盛政と前田利家の反撃に遭って殺された。
過去の推移
–06
0.707
0.6508
0.6209
0.610
0.5911
0.5812
0.5913
0.5914
0.5915
0.5516
