清野 長範(きよの ながのり、元亀4年(1573年)頃? - 寛永11年(1634年))は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将。上杉氏の家臣。通称は助次郎、のちに周防守。蘆名氏の家臣平田舜範の子とされる。少年時代に蘆名氏からの人質として上杉家に入り、その才気を上杉景勝に見出され小姓として仕え、景勝の家臣となったとされる。景勝の命により、文禄元年(1592年)信濃国の清和源氏村上氏支流である清野氏を継承し、信州猿ヶ馬場城4177石に配された。慶長3年(1598年)には会津伊南城の城代として1万1000石(米沢藩移封後は3300石)を領した。慶長出羽合......
清野 長範(きよの ながのり、元亀4年(1573年)頃? - 寛永11年(1634年))は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将。上杉氏の家臣。通称は助次郎、のちに周防守。蘆名氏の家臣平田舜範の子とされる。少年時代に蘆名氏からの人質として上杉家に入り、その才気を上杉景勝に見出され小姓として仕え、景勝の家臣となったとされる。景勝の命により、文禄元年(1592年)信濃国の清和源......