画像引用元: cdn-ak.f.st-hatena.com清泰院
推定知名度19.2%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
清泰院(せいたいいん、寛永4年5月23日(1627年7月6日) - 明暦2年9月23日(1656年11月9日))は、江戸時代初期の女性。水戸藩主徳川頼房の四女。加賀藩主前田光高の正室。実名は大姫(おおひめ)。江戸にて生まれる。母は側室野沢氏。初名は糸姫、亀姫、阿智姫とも。寛永9年(1632年)12月13日、徳川家光の養女となり大姫と名を改める。翌寛永10年(1633年)12月5日、前田光高に嫁した。寛永20年(1643年)長男・綱紀を出産する。この嫡男誕生の報せを聞いた夫・光高は大いに喜び、直後の参勤で金沢から江戸までの120里(約480km)をわずか7日で歩いた(通常は12日ほどかかる)。正保2年(1645年)4月5日、光高が急死。落飾して清泰院と号する。このとき懐妊中であり、同年次男・万菊丸を出産したが、万菊丸は慶安2年(1649年)8月13日に5歳で夭折した。慶安4年(1651年)家光が没した際の遺物拝領では、実子の千代姫と同じく2万両と茶壺一つを賜っており、養女の中でも重んじられていたと思われる。明暦2年(1656年)に死去した。享年30。伝通院に葬られた。
過去の推移
–06
–07
–08
–09
–10
18.6811
18.6812
19.213
19.214
19.215
19.216
