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浜田駿吉

推定知名度20.89%15〜75歳男女
推定知名度17.76%20〜35歳男女

浜田 駿吉(はまだ しゅんきち、1910年10月19日 – 2009年12月7日)は兵庫県神戸市生まれのホッケー選手、実業家。出身は同県の西淡町(現南あわじ市)。オーエム製作所の会長や大和紡績(現在のダイワボウホールディングス)の常務などを務めた。中学校3年時より慶應義塾普通部へと転入、その後ホッケーを始め慶應義塾大学在籍時にはホッケー男子日本代表|日本代表へと選出された。1932年にはロサンゼルスオリンピック (1932年)|ロサンゼルスオリンピックに代表選出されゴールキーパーとして出場、出場した3チーム中2位で銀メダルを獲得した。社会人となった1936年にはベルリンオリンピックにも出場したが、予選リーグで敗退している。2009年12月7日、東京都渋谷区の病院にて心不全で亡くなった。99歳。

過去の推移