比江山 親興(ひえやま ちかおき、不詳 - 天正16年(1588年))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。長宗我部氏の家臣。長宗我部国親の弟・国康の子。比江山氏は長宗我部氏の庶流で、長宗我部元親とは従兄弟にあたる。比江山城主。四国征伐では阿波岩倉城を守備。元親の長男・長宗我部信親が戸次川の戦いで死去した後の家督の後継者騒動の際元親の怒りを買い、天正16年10月4日に切腹させられた(『土佐軍記』)。この時、吉良親実も切腹させられた(異説あり)他、のちにお寺にて親興の妻と二人の子供も殺害された。
比江山 親興(ひえやま ちかおき、不詳 - 天正16年(1588年))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。長宗我部氏の家臣。長宗我部国親の弟・国康の子。比江山氏は長宗我部氏の庶流で、長宗我部元親とは従兄弟にあたる。比江山城主。四国征伐では阿波岩倉城を守備。元親の長男・長宗我部信親が戸次川の戦いで死去した後の家督の後継者騒動の際元親の怒りを買い、天正16年10月4日に切腹さ......