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段思廉

推定知名度0.09%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

段思廉(だんしれん、生没年不詳、在位:1044年 - 1075年)は、大理国の第11代王。大理国初代王・段思平の玄孫。1053年、北宋の広源州の少数民族の首領である儂智高が郎州で宋にそむき、大南国を建て、仁恵皇帝を自称した。儂智高は宋の枢密副使狄青に敗れて大理に逃げ込んだ。段思廉は儂智高を殺害して宋の都の開封にその首を送った。以後年代不詳だが、正徳、保徳といった元号を立てた。1063年、岳侯高智昇に命じて楊允賢を討たせた。功績により高智昇に太保の位を加え、徳侯に封じ、白崖茹甸の地を与えた。のちに高智昇を鄯闡侯に進め、封号を子孫に世襲させた。1075年、子の段廉義に王位を譲って僧となった。しれん

過去の推移