画像引用元: upload.wikimedia.org武元衡
推定知名度0.68%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
武元衡(ぶ げんこう、758年 - 815年)は、中国・唐の詩人。河南緱氏(こうし、河南省偃師の南)の出身。字は伯蒼。徳宗の建中4年(783年)の進士。徳宗に才能を認められ、比部員外郎・右司郎中・御史中丞を歴任。順宗朝では権臣・王叔文に従わなかった為、降職されたが、憲宗の元和2年(807年)には門下侍郎・同中書門下平章事(宰相)に至った。同年、宰相のまま剣南西河節度使に任ぜられて蜀に赴き、7年間、蜀に滞在した。淮西節度使(河南省汝南)・呉元済が反乱を起こした時、憲宗から全てを委任されて討伐を画策したが、呉元済派の朝臣の放った刺客に暗殺された。『武元衡集』三巻がある。作品に、『嘉陵駅(かりょうえき)』(七言絶句)がある。
過去の推移
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