横田 稔(よこた みのる、1903年(明治36年)4月1日 - 没年不明)は、日本の海軍軍人、宣教師。空母「サラトガ」、軽巡洋艦「ジュノー」を雷撃し、前者を3ヶ月間戦線離脱させ、後者を撃沈した「伊26」潜水艦長である。最終階級は海軍大佐。戦後は長谷川と改姓。高校教師として教鞭をとり、またキリスト教宣教師となった。
横田 稔(よこた みのる、1903年(明治36年)4月1日 - 没年不明)は、日本の海軍軍人、宣教師。空母「サラトガ」、軽巡洋艦「ジュノー」を雷撃し、前者を3ヶ月間戦線離脱させ、後者を撃沈した「伊26」潜水艦長である。最終階級は海軍大佐。戦後は長谷川と改姓。高校教師として教鞭をとり、またキリスト教宣教師となった。