画像引用元: kusunoki.komusou.jp楠木正理
推定知名度0.81%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
楠木 正理(くすのき まさみち、生年不詳 - 長禄元年12月2日(1457年12月18日))は室町時代の武将。父は楠木正隆とも楠木正顯とも伝わる。楠木正成の数世代後の、直系の子孫である。子は楠木行康。左京大夫。一族の楠木正秀ら南朝方武将は、1443年の禁闕の変で、三種の神器の一部を北朝方から奪い、逃走。しかし、1457年、嘉吉の乱で没落した赤松氏遺臣が赤松氏名誉回復を目指し、吉野の山奥に潜んでいた南朝方を攻撃。この時尊秀王(自天王)・野長瀬盛高と共に正理も討たれ死亡する(長禄の変)。南朝が隠し持っていた一部の神器は、北朝に取り返された。子の行康は熊野に逃れたとされる。まさみちくすのきまさみちくすのきまさみち
過去の推移
0.7906
0.907
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0.8609
0.8710
0.8711
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0.8414
0.8415
0.8116
