画像引用元: raqugo.com柳家金蔵
推定知名度1.99%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
柳家 金蔵(やなぎや きんぞう、生没年不詳・1960年?没)は、落語家。本名、中村良三。元は上方の噺家で1912年に6代目林家正楽(織田徳治郎)の門下で正輔、1914年、5年頃に正團治。この頃の渾名(あだな)を背が高い事から『通天閣の正團治』だったと言う。故に1921年に東京に上京し睦会に所属し1922年に6代目春風亭柳枝の門下で柳窓と改名(この改名で真打昇進?)、睦を離れ研成会を経て、1929年に金語楼一座で金蔵となった。その年の読売新聞『講談落語一百人』には『上方弁であるが落ち着いた話し振りに不思議な味を持っていて、何させても危な気なくこなすところ、近頃の新進としては珍しい堅実さである』と評され、どこか師匠柳枝と風采が似ていたという。戦時中は顔付も見られなくなるが、戦後2代目桂小南に稽古をつけたのをきっかけに1955年に落語芸術協会に加入し高座に復帰。1960年1月の下席の顔付まで見えるがその後不明。その頃死去した模様。音源は唯一文化放送に金語楼と共に録音したのが残されている。演題は「名違い」。
過去の推移
–06
–07
1.308
1.6609
1.9710
2.0711
2.0712
2.0113
2.0114
1.9915
1.9916
