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松平親良

推定知名度2.98%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

松平 親良(まつだいら ちかよし)は、豊後杵築藩の第9代藩主。杵築藩能見松平家12代。第8代藩主・松平親明の長男。母は側室といわれている。文政8年(1825年)12月29日、父の死去により跡を継ぐ。文政9年11月15日、将軍徳川家斉に拝謁する。同年12月16日、従五位下河内守に叙任する。後に対馬守、大隅守に改める。天保13年(1842年)7月25日、奏者番に就任する。文久2年(1862年)閏8月23日、奏者番の役職が廃止となる。同年12月16日、従四位下中務大輔に昇進する。文久3年10月22日、奏者番に再び就任する。元治元年(1864年)11月19日、寺社奉行の兼任を命じられる。慶応2年(1866年)6月15日、寺社奉行を解任される。慶応4年2月22日、奏者番を辞職する。親良自身は幕閣に加わったことから佐幕派であり、慶応2年(1866年)の第2次長州征伐においても協力的であったが、藩内では尊王攘夷派と佐幕派で分裂して対立が続いた。そのため、慶応4年(1868年)3月24日、ようやく上洛し、明治天皇に拝謁した。そして、同年4月9日、長男の親貴に家督を譲って隠居した。明治24年(1891年)2月3日、82歳で死去した。ちかよし*09Category:幕末の大名Category:江戸幕府寺社奉行Category:幕末幕府の人物Category:1810年生Category:1891年没

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