東根 頼景(ひがしね よりかげ)は、戦国時代の出羽国の武将。最上八楯と称される最上氏庶流の一人。天童頼貞と国分盛氏の娘の次男として生まれる。東根城主。東根頼息の養嗣子となり東根姓を名乗る。兄頼澄の最有力家臣(同盟者)である延沢満延が最上義光の調略によって天童氏を離反すると、天童八楯(最上八楯)と呼ばれる天童氏に属した有力国人達は次々と最上氏へ鞍替えしたが、頼景はその動きに同調せず、あくまで最上氏への抵抗を試みた。しかし、天正9年(1581年)5月10日、家臣の里見源右衛門の裏切りに遭い、数十人の部下と共に非業の死を遂げた。残された一族末裔は現在の岩手県沢内......
東根 頼景(ひがしね よりかげ)は、戦国時代の出羽国の武将。最上八楯と称される最上氏庶流の一人。天童頼貞と国分盛氏の娘の次男として生まれる。東根城主。東根頼息の養嗣子となり東根姓を名乗る。兄頼澄の最有力家臣(同盟者)である延沢満延が最上義光の調略によって天童氏を離反すると、天童八楯(最上八楯)と呼ばれる天童氏に属した有力国人達は次々と最上氏へ鞍替えしたが、頼景はその動きに同調せず......