木下俊程の画像画像引用元: blog-imgs-90.fc2.com

木下俊程

推定知名度2.51%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

木下 俊程(きのした としのり、天保4年2月6日(1833年3月26日) - 慶応3年8月20日(1867年9月17日))は、豊後日出藩の第15代藩主。第13代藩主・木下俊敦の五男。母は側室美佐と言われている。官位は従五位下。飛騨守。天保4年(1833年)2月6日、日出で生まれる。嘉永7年(1854年)8月18日、兄で先代藩主だった俊方の早世により、その養嗣子として跡を継いだ。同年12月16日、従五位下飛騨守に叙任する。藩校・稽古堂をさらに増築して致道館を創設し、武道場も新たに創設するなどして教育の普及と充実に尽力した。幕末期の幕政にはあまり関わりを持たず、藩政において外国船警備のために遠見番所を設置し、慶応元年(1865年)からは軍制改革を実施するなどした。慶応3年(1867年)5月29日、隠居し、養子俊愿に家督を譲った。同年8月20日、35歳で江戸にて死去した。法号は文献院。墓所は東京都港区高輪の泉岳寺。としのり*15Category:幕末の大名Category:1833年生Category:1867年没

過去の推移