曹 宗寿(そう そうじゅ、Cao Zong-shou、? - ?)は、北宋時期の曹氏帰義軍節度使の七代目である。曹延禄の族子である。曹宗寿は曹延禄を自殺に追い込み、位を継いだ。宋真宗の咸平5年(1002年)、宋は、覊縻政策をもって対峙したので、曹宗寿に金紫光禄大夫、検校太保、使持節沙州刺史にし、御史大夫も兼ねさせ、帰義軍節度使にし、譙郡開国侯に封じ、食邑一千戸を与えた。曹宗寿は、瓜・沙両州の各仏教寺院に収蔵されていた経巻、文書約四十五万件を秘密裏に沙州(現在の甘粛省敦煌市)に運び、莫高窟の中に封印した。ロシアのサンクトペテルブルク図書館に、石室本『曹宗寿夫......
曹 宗寿(そう そうじゅ、Cao Zong-shou、? - ?)は、北宋時期の曹氏帰義軍節度使の七代目である。曹延禄の族子である。曹宗寿は曹延禄を自殺に追い込み、位を継いだ。宋真宗の咸平5年(1002年)、宋は、覊縻政策をもって対峙したので、曹宗寿に金紫光禄大夫、検校太保、使持節沙州刺史にし、御史大夫も兼ねさせ、帰義軍節度使にし、譙郡開国侯に封じ、食邑一千戸を与えた。曹宗寿は、......