持明院(じみょういん)は、平安時代末期から江戸時代にかけて平安京北郊に存在した邸宅およびその邸内にあった寺院。現在の京都市上京区安楽小路町の光照院の付近にあった。鎌倉時代以降には仙洞御所や里内裏となり、持明院統の由来となる。邸宅を持明院殿、また寺院を安楽光院(あんらくこういん)・安楽行院(あんらくぎょういん)とも称す。はじめ鎮守府将軍を務めた藤原基頼の邸宅であった。12世紀初頭、基頼が邸内に持仏堂を建立し持明院と名づけた。基頼の子藤原通基は持明院を拡充して、寺号を安楽光院(安楽行院)と改め、持明院を家の号とした。鎌倉時代、持明院基家の娘陳子(後の北白川院)......
持明院(じみょういん)は、平安時代末期から江戸時代にかけて平安京北郊に存在した邸宅およびその邸内にあった寺院。現在の京都市上京区安楽小路町の光照院の付近にあった。鎌倉時代以降には仙洞御所や里内裏となり、持明院統の由来となる。邸宅を持明院殿、また寺院を安楽光院(あんらくこういん)・安楽行院(あんらくぎょういん)とも称す。はじめ鎮守府将軍を務めた藤原基頼の邸宅であった。12世紀初頭、......