慈音尼兼葭(じおんにけんか、1716年(享保元年) - 1778年(安永七年))は江戸時代の心学者。慈音尼は近江国琵琶湖畔の吉田村の造り酒屋に生まれ、裕福な暮らしを送っていた。しかし彼女が8歳のときに母親と死別。その母の供養にやってきた坊主のお経がきっかけで、母が幸せになるならとお経を読むようになり、出家願望が沸く。14歳のとき、縁談を断りを自分で断髪し、16歳に念願かなって出家。しかし親類には反対されていたため、家出同然の覚悟で京都西賀茂、楽師山の自秀のもとで修行。次に近江国沢山の曹洞宗、南泉桃谷と師を変え、最終的に石田梅岩の「石門心学」にめぐり合い、講......
慈音尼兼葭(じおんにけんか、1716年(享保元年) - 1778年(安永七年))は江戸時代の心学者。慈音尼は近江国琵琶湖畔の吉田村の造り酒屋に生まれ、裕福な暮らしを送っていた。しかし彼女が8歳のときに母親と死別。その母の供養にやってきた坊主のお経がきっかけで、母が幸せになるならとお経を読むようになり、出家願望が沸く。14歳のとき、縁談を断りを自分で断髪し、16歳に念願かなって出家......