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悲惨な戦い

推定知名度2.76%15〜75歳男女
推定知名度2.7%20〜35歳男女

「悲惨な戦い」(ひさんなたたかい)は、日本のシンガーソングライターで、当時は「なぎらけんいち」と名乗っていたなぎら健壱の楽曲。作詞・作曲者名は「なぎらけんいち」と表記される。1973年にエレックレコードからシングルがリリースされ、B面には「一九七三年の思い出」が収録された。ジャケットのイラストレーションも、なぎら自身によるものであった。このシングルは、当時15万枚を売り上げたとされる。歌詞の内容は、蔵前国技館|国技館から大相撲中継|テレビ中継していた大相撲の取り組み中に力士の廻しが落ちる(不浄負け)という、架空のハプニングの顛末を語ったコミカルなものであったが、日本相撲協会のクレームもあって。ただし、1999年にフジテレビジョン|フジテレビの『NONFIX』で放送されたドキュメンタリー『放送禁止歌』におけるインタビューで、なぎら健壱は、実際にはそのような協会からのクレームはなかったと語っている。このインタビューの中でなぎらは、言及されている力士の四股名のうち、「若秩父」は若秩父高明を意識して創作したことを述べているが、「雷電」は20世紀にはこの名の力士がおらず、歌詞に出てくる「弟子の朝潮」についても、若秩父と活動時期が重なる朝潮太郎 (3代)は若秩父より年長で所属する部屋も異なっており、該当する者はいない。

過去の推移