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心誉

推定知名度0.74%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

心譽(しんよ、天禄2年(971年) - 長元2年8月12日(1029年9月22日))は平安時代中期の天台宗の僧。藤原北家、右大臣・藤原顕忠の孫で、左衛門佐・藤原重輔の子。実相房を号す。園城寺の勧修・穆算らに顕密の奥義を学び、後に穆算から印信を受けた。。長和3年(1014年)権律師に任ぜられる。長和6年(1017年)3月に権少僧都に転じる。長元2年(1029年)8月12日に入寂。享年59。腫物(寸白、サナダムシ)を患っていたという。また別の史料によれば、一旦平復したといわれていたが、悪化して寂したという。藤原道長・頼通父子に重んじられ、道長の怨霊調伏・息災延命のためにたびたび召され、万寿4年(1027年)11月、道長薨御の約15日前にも病の回復のために修法を行っている。『宇治拾遺物語』にも心誉を讃える逸話があり、同話から頼通の代にも信頼を得ていたことが知られる。弟子に行円・興慶・寿増・千算・念算・舜世・叡義・任円・源泉・長守・円信らがいた。

過去の推移