画像引用元: upload.wikimedia.org平重盛
推定知名度28.47%15〜75歳男女
推定知名度26.47%20〜35歳男女
平 重盛(たいら の しげもり)は、平安時代末期の武将・公卿。平清盛の嫡男。保元の乱|保元・平治の乱で若き武将として父・清盛を助けて相次いで戦功を上げ、父の立身に伴って累進していき、最終的には近衛大将|左近衛大将、正二位内大臣にまで出世した。嫡男ではあったが継室の平時子|時子の子である平宗盛|宗盛や平徳子|徳子とは母が異なり有力な外戚の庇護はなく、正室が藤原成親の妹・藤原経子 (藤原家成の四女)|経子であったため、成親失脚後は一門のなかでは孤立気味であった。政治的には平氏一門の中で最も後白河天皇|後白河法皇に近い立場にあった。清盛の後継者として期待されながらも、清盛と後白河法皇の対立では有効な対策を取ることができないまま、父に先立ち病没した。六波羅小松第に居を構えていたことから、小松殿ないし小松内大臣とも、またその邸宅に48の灯籠(灯篭)を建てていたことから灯籠大臣とも称された。
