島津 忠敬(しまづ ただゆき)は、島津氏今和泉家第12代当主。第10代当主・島津忠剛の子、母は河野通記の娘。安政6年(1859年)兄忠冬の没後、その家督を継いで今和泉家当主となった。文久3年(1863年)薩英戦争に従軍して活躍している。薩摩藩主島津忠義の弟にあたる姪婿の島津忠欽(ただかた)がこの跡を継いだ。異母妹に第13代将軍徳川家定の正室となった天璋院(於一、篤姫)がいる。島津久光はかつては読みが同じ忠教(ただゆき)を名乗っていたが、別人である。
島津 忠敬(しまづ ただゆき)は、島津氏今和泉家第12代当主。第10代当主・島津忠剛の子、母は河野通記の娘。安政6年(1859年)兄忠冬の没後、その家督を継いで今和泉家当主となった。文久3年(1863年)薩英戦争に従軍して活躍している。薩摩藩主島津忠義の弟にあたる姪婿の島津忠欽(ただかた)がこの跡を継いだ。異母妹に第13代将軍徳川家定の正室となった天璋院(於一、篤姫)がいる。島津......