画像引用元: upload.wikimedia.org山口飛騨守
推定知名度0.13%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
山口 飛騨守(やまぐち ひだのかみ、生年不明 - 元亀3年12月22日(1573年1月25日))は戦国時代の武将。諱は不詳。織田信長に小姓として仕え、永禄年間の初めには赤母衣衆に入っている。永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いでは、信長が夜明けに行軍を開始した当初、岩室重休・長谷川橋介・佐脇良之・加藤弥三郎とともにわずか5人で従った。永禄12年(1569年)の大河内城の戦いでは、佐脇らと共に尺限廻番衆となる。その後信長より不興を買い、長谷川・佐脇・加藤と織田家を出奔。ともに徳川家康のもとに身を寄せた。その際の待遇は不明であるが、元亀3年12月22日(1573年1月25日)の三方ヶ原の戦いに参戦し、長谷川・佐脇・加藤とともに討死した。なお、『甫庵信長記』では、信長が弟信行(信勝)を謀殺した際、初めに斬りつけた3人のうちの1人となっているが、『信長公記』にはその記載はなく定かではない。これを誤りと推測する見解もある。
過去の推移
–06
–07
–08
–09
0.0710
0.0711
0.0812
0.1213
0.1314
0.1215
0.1316
