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安島大膳亮

推定知名度0.02%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

安島 大膳亮(あじま だいぜんのすけ、生没年不詳)は、戦国時代 (日本)|戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。戦国大名・佐竹氏の一門 佐竹東家の家臣。受領名は大膳職|大膳亮。諱は不明。長子に安島采女|安島采女がいる。なお、子孫は孫の安島信次|吉兵衛信次はじめ代々「信」の字を通字としている。安島氏は藤原北家藤原魚名|魚名の流れを汲み藤原秀郷を祖とする家系。安島大膳亮の名は佐竹氏家臣の系譜である『諸士系図』に見られる大膳亮自身は義久に従い、常陸国鹿島郡の統治に従事している。元々、佐竹義久は宗家の佐竹義重 (十八代当主)|佐竹義重の命を受け、南奥州の白河郡にある佐竹氏の領土 陸奥南郷領の統治にあたっていたが、豊臣秀吉の天下統一後は秀吉から直接、鹿島郡6万石を与えられ、豊臣氏の蔵入地1000石の統治を委任された。大膳亮の鹿島郡統治の任も義久に随身したところによるものと見られる。なお、秋田藩家蔵文書には大膳亮が同僚で佐竹一門の町田摂津守とともに佐竹義久から勤仕に関する下命を受けた判物の写しが保存されており、戦国期から安土桃山時代の佐竹氏の両国統治の一端を見ることができる(詳細は下記、秋田藩家蔵文書の項を参照)。

過去の推移