画像引用元: i.ytimg.com安井春知
推定知名度19.18%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
安井 春知(やすい しゅんち、承応2年(1653年) - 元禄2年3月27日(1689年5月16日))は、江戸時代の囲碁棋士。紀州生まれ、家元安井家の二世安井算知の弟、実子とも言われる。俊知とも書く。上手(七段)。御城碁に7局の出仕がある。『御城碁譜』などでは、算知の弟または実子と書かれており、安井家過去帳では「一度算知養子となる」と記されている。また21歳で部屋住み、家督無し、ともある。延宝2年(1674年)に御城碁に初出仕し、井上道砂因碩に向先で1目負け。御城碁出仕したのは、安井家跡目に擬されていたためという推測もある。延宝6年(1678年)の本因坊道策の碁所就任時には、算哲、知哲と並んで上手(七段)並の手合とされた。天和3年(1683年)の御城碁での道策との二子局で1目勝した碁が、道策の一生の傑作として知られている。道策自身の評に「春知は当代の逸物にして古人に恥ぢず、また古来も稀なるべし。而してこの対局に於いて春知の手談毎着妙ならざるはなし。」とある。また本因坊道的の御城碁での唯一の敗局も、貞享3年(1686年)の春知との碁(春知先番)となっている。元禄2年(1689年)行年37歳で没。
過去の推移
–06
–07
–08
18.7109
19.2210
19.2111
19.1812
19.1813
19.1814
19.1815
19.1816
