画像引用元: murakumo1868.web.fc2.com嫗戸柵
推定知名度2.54%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
嫗戸柵(うばとのさく、うばこのさく、おばこのさく)は、岩手県盛岡市の西にあり、蝦夷の俘囚長を名乗った安倍氏が築いた最北の古代城柵である。厨川柵と連立したつくりと考えられ、安倍氏の重要な拠点であった。「嫗戸」の読みは、現在まで地名が連なっていないため明確ではなく、いずれの読み方にも根拠は無いが、一般的に「うばと」と表されることが多い。実戦的な柵としての「厨川柵」に対し、安倍氏の女性が生活していた館だとすれば、老婆を表す「うばと」または娘を表す「おばこ」と読むのが適当か。現在も残っている地名「上堂(かみどう)」を「うわどう」と読み、「うわどのさく」と見る向きもある。現在の「安倍館遺跡(盛岡市安倍館町)」と擬定されるが、現在残っている遺構は、中世に「工藤氏」が安倍氏居館の部分跡に建てた「厨川(栗谷川)城」の跡であると見られる。また、滝沢村「姥屋敷」に安倍氏が逃げ伸びたという伝承のあることから、この地であるという説もある。近年の研究では、岩鷲山東林寺や八幡館山(いずれも滝沢村)を擬定地とする見解もある。
過去の推移
3.2106
3.2107
2.9308
2.8109
2.7210
2.7611
2.7612
2.7613
2.4914
2.5415
2.5416
