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大木戸森之助

推定知名度0.01%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

大木戸 森之助(おおきど もりのすけ、生年不明 - 1812年1月24日〈文化 (元号)|文化8年12月11日 (旧暦)|12月11日〉)は、伊勢ノ海部屋に所属した元力士。最後の達ヶ関 森之助(だてがせき もりのすけ)の四股名でも有名である出身。最高位は東大関。1804年3月 (旧暦)|3月場所で、仙台藩の抱え (相撲)|抱え力士となり、看板大関として幕下付出#幕下以外の付出|付出された。当時の四股名はふきがえし寅右エ門だった。この四股名を付けていた最初の2年間は土俵入りのみで相撲を取らなかったが、四股名を大木戸に変えて初めて相撲を取った1806年2月 (旧暦)|2月場所で5戦全勝の優勝相当成績を挙げた。しかし、翌1806年10月 (旧暦)|10月場所では東関脇に番付を落とされ、そこでも4勝1敗5休の成績を挙げるが、翌1807年2月場所は平幕(東前頭2枚目)に落とされた、1808年3月場所以降は二段目(現在の十両)で相撲を取っていた、翌1812年1月24日に現役中のまま死去した。初土俵から7年の短い土俵人生であり、勝敗数に関係なく抱えの藩の意向で番付が変動した、江戸時代の番付制度の最大の犠牲者でもあった。幕内通算 5場所 10勝7敗1預26休の成績を残した。優勝相当成績1回(1806年2月場所)。改名歴は3回ある:ふきがえし 寅右エ門 → 大木戸 森之助 → 達ヶ崎 森之助 → 達ヶ関 森之助。

過去の推移