大内 持盛(おおうち もちもり、明徳5年(1394年) - 永享5年4月8日(1433年4月27日))は、室町時代中期の武将。長門国守護職。父は応永の乱を起こしたことで有名な、大内氏の第10代当主・大内義弘で、同第12代当主・大内持世の弟。弟に大内教祐、子に大内教幸、教弘がいる。持世の父を祖父の弘世とする説では、持世の兄で義弘の養子になったとしている。正六位上。幼名は孫太郎。通称は新介。元服時に4代将軍足利義持より偏諱の授与を受けて持盛と名乗る(「盛」は大内氏の通字の一つである)。1431年に第11代当主・大内盛見(義弘の弟)が大友氏・少弐氏と戦って筑前国......
大内 持盛(おおうち もちもり、明徳5年(1394年) - 永享5年4月8日(1433年4月27日))は、室町時代中期の武将。長門国守護職。父は応永の乱を起こしたことで有名な、大内氏の第10代当主・大内義弘で、同第12代当主・大内持世の弟。弟に大内教祐、子に大内教幸、教弘がいる。持世の父を祖父の弘世とする説では、持世の兄で義弘の養子になったとしている。正六位上。幼名は孫太郎。通称......