画像引用元: upload.wikimedia.org土佐林禅棟
推定知名度0.04%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
土佐林 禅棟(とさばやし ぜんとう)は、戦国時代の武将。大宝寺氏の家臣。禅東は法号であり、諱は不明である。土佐林氏は羽黒山の別当職を務めていた家柄で、大宝寺氏と同等の勢力を誇っていたが、大宝寺氏との抗争に敗れて臣従し、その筆頭格の重臣となっていた。大宝寺晴時の死後に剃髪し、杖林斎禅棟と号した。晴時の死後は大宝寺義増の擁立に尽力した。永禄11年(1568年)に本庄繁長が上杉輝虎に対して反乱を起こしたとき、大宝寺氏は本庄氏に与したため、反乱鎮圧後に上杉氏との和睦締結に尽力する。義増の後継者・大宝寺義氏の時代も当主の補佐役を務めたが、義氏と上杉や豪族関係との対策などをめぐって対立し、元亀2年(1571年)に義氏の攻撃を受けて戦死した。
過去の推移
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–07
–08
0.0509
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