画像引用元: upload.wikimedia.org喜入久正
推定知名度0.15%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
喜入 久正(きいれ ひさまさ)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての薩摩国島津氏の家臣で、薩摩藩士。川上久光の長男であったが、喜入季久の高弟である喜入忠道が天正2年(1574年)に後継ぎの無いまま戦死したため、島津義久の命によりその後継となった。永禄年間に菱刈氏攻めに供をし、国分(現・鹿児島県霧島市)・財部(現・鹿児島県曽於市)の地頭に任じられた。慶長4年(1599年)に伊集院忠真が庄内の乱を起こすと、久正は島津忠恒の命で上洛し、伏見にいる徳川家康へ伊集院方の籠る12の城の地勢図を献上し、また家康の質問に答えて城内の農民の有無などを報告した。その後、忠恒が島津氏の家督を継ぐと老中に就任し、忠恒へ『伊勢物語』を伝授した際は、信国の脇差と白銀50枚、更に50石を賜った。寛永9年(1632年)に死去した。享年83。国分の竜昌寺に葬られた。
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