画像引用元: upload.wikimedia.org周阿
推定知名度1.01%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
周阿(しゅうあ、生年未詳 - 永和 (日本)|永和3年/天授 (日本)|天授3年(1377年)?)は、南北朝時代 (日本)|南北朝時代の地下(じげ=庶民)の連歌師。俗名を坂の小二郎と称した。連歌を救済 (連歌師)|救済(ぐさい・きゅうぜい)に師事し、その後継と目された。二条良基の撰した連歌の法則を定めた「応安新式」の制定にも関与した。年は不明だが東国に下向しており、晩年は九州に下った。知的で人の意表をつく句風は、室町時代初期にかけての連歌壇にはやった。「菟玖波集」に入集しているほか、「紫野千句」「侍公周阿百番連歌合」などにも句が残されている。
過去の推移
1.0406
1.0307
1.0308
1.0309
0.9810
1.0111
1.0112
1.0113
1.0114
1.0115
1.0116
