向 朗(しょう ろう、? - 247年)は、中国後漢末期から三国時代の政治家。蜀漢に仕えた。字は巨達。甥は向寵。子は向条。荊州襄陽郡宜城県の人。若い頃、司馬徽に師事した経緯や、生まれが荊州であったことから、徐庶・龐統・韓嵩らと親交があった。学門の道よりも政治の道を選び、刺史の劉表に仕官して臨沮県長となった。劉表死後は劉備に仕えた。行政能力に優れ、荊州南部4郡を得た際は秭帰・夷道・巫・夷陵の4県を任された。入蜀後は巴西太守・牂牁太守・房陵太守など、郡太守を歴任した。劉禅が即位し、諸葛亮が丞相になると歩兵校尉となった。王連の没後は彼に代わりその長史(幕僚の長)......
向 朗(しょう ろう、? - 247年)は、中国後漢末期から三国時代の政治家。蜀漢に仕えた。字は巨達。甥は向寵。子は向条。荊州襄陽郡宜城県の人。若い頃、司馬徽に師事した経緯や、生まれが荊州であったことから、徐庶・龐統・韓嵩らと親交があった。学門の道よりも政治の道を選び、刺史の劉表に仕官して臨沮県長となった。劉表死後は劉備に仕えた。行政能力に優れ、荊州南部4郡を得た際は秭帰・夷道・......