画像引用元: stat.ameba.jp吉良持助
推定知名度0.7%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
吉良 持助(きら もちすけ、生没年不詳)は室町時代の武将である。吉良持長の子。東条城主。後期東条吉良氏(下吉良)4代目。子は吉良義藤、僧籍に入った等康、端東がいる。弟は奥州吉良氏の養子となった吉良頼高。長禄2年(1458年)4月、足利政知が、古河公方足利成氏討伐のため、関東へ発向する際、持助も随行することになった。実際は随行することはなかったが、弟である吉良頼高が太田道灌と親交があったため、事前工作に持助の力を借りようとしたらしい。同年12月2日、足利義政に対し、古河公方討伐のための関東出陣について意見書を提出している。内容の詳細は不明だが、関東の情勢について何らかの情報を掴み、それについて進言をしたと思われる。応仁の乱では子の義藤が活躍しているので、それ以前に没したか。法名は功徳寺殿。
過去の推移
0.6906
0.7407
0.7508
0.7609
0.7610
0.7611
0.7612
0.713
0.714
0.715
0.716
