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北条政子

推定知名度42.95%15〜75歳男女
推定知名度39.57%20〜35歳男女

北条 政子(ほうじょう まさこ、保元2年(1157年) - 嘉禄元年7月11日 (旧暦)|7月11日(1225年8月16日))は、平安時代末期から鎌倉時代初期の女性。鎌倉幕府を開いた源頼朝の正室。伊豆国の豪族、北条時政の長女。子は源頼家|頼家、源実朝|実朝、大姫 (源頼朝の娘)|大姫、三幡。兄弟姉妹には北条宗時|宗時、北条義時|義時、北条時房|時房、阿波局 (北条時政の娘)|阿波局、北条時子|時子など。周囲の反対を押し切り、伊豆の流罪|流人だった頼朝の妻となり、頼朝が鎌倉に武家政権を樹立すると御台所と呼ばれる。夫の死後に落飾して尼御台(あまみだい)と呼ばれた。法名を安養院(あんにょういん)といった。頼朝亡きあと征夷大将軍となった嫡男・頼家、次男・実朝が相次いで暗殺された後は、傀儡将軍として京から招いた幼い藤原頼経の後見となって幕政の実権を握り、世に尼将軍と称された。なお、「政子」の名は建保6年(1218年)に朝廷から従三位に叙された際に、父・時政の名から一字取って命名されたものであり、それより前の名前は不明。

過去の推移