画像引用元: pds.exblog.jp八十嶋冨五郎
推定知名度0.04%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
八十嶋 冨五郎(やそしま とみごろう、1760年〈宝暦10年〉 - 1819年11月21日〈文政2年10月4日〉)は、枝川部屋(大坂相撲)及び追手風部屋に所属した元力士。本名は三輪屋と伝わる。身長,体重は不明。現在の大阪府大阪市(旧・摂津国東成郡)か堺市(旧・和泉国大鳥郡)出身。最高位は西前頭3枚目。大坂相撲でデビューし、1796年10月初土俵(幕内附出し)。しかし現役中は、幕内と十両を往復するエレベーター力士だった。1804年3月以降ずっと十両暮らしで、1805年10月以降ずっと負け越しが続いた。晩年の1814年11月~1818年2月にかけて当時のワースト記録である26連敗を記録した。それでも驚異の持久力を誇り、鉄人とあだ名された。1819年3月場所後の10月4日に現役中のまま60歳(数え)で死去。1757年以降で明確に記録に残っている力士の中では最年長力士であり、また現役死した力士においても最年長であった。幕内通算 5場所 13勝21敗1分3預1無7休の成績を残した。錦絵が現存している。改名歴は3回ある:若虎 → 八十島 嘉六 → 八十島 留五郎 → 八十島 冨五郎。
過去の推移
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