二条 定高(にじょう さだたか、建久元年(1190年) - 暦仁元年1月22日(1238年2月8日))は、鎌倉時代前期の公卿。参議九条光長の子。兄・参議海住山長房の猶子。勧修寺流九条家の出身であるが、二条東洞院に邸宅を有していたため、「二条」と称される。初名・為定、後に経光。
二条 定高(にじょう さだたか、建久元年(1190年) - 暦仁元年1月22日(1238年2月8日))は、鎌倉時代前期の公卿。参議九条光長の子。兄・参議海住山長房の猶子。勧修寺流九条家の出身であるが、二条東洞院に邸宅を有していたため、「二条」と称される。初名・為定、後に経光。